1月の第2月曜日は成人の日|国民の休日になった理由と成人式の由来

現在の日本における1月の第二月曜日は「成人の日」です。戦前の祝祭日には含まれていなかった「成人の日」が国民の休日となった経緯、さらに「何をもって成人」となすかを考えつつ、民法における成人年齢の引き下げについても触れます。

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成人の日とは

「成人の日」とは、祝日法で定められた「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」趣旨の国民の休日です。

国民の休日とは

「国民の休日」は、昭和23年(1948年)に公布・施行された「国民の祝日に関する法律(祝日法)」で定められた休日で、現在、16日あります。

ハッピーマンデー制度という非常に馬鹿げたルールで日にちが変更されているので、忘れないために「本来の日にち」を含めて記載しておきます。

  1. 1月1日 元日
  2. 1月第2月曜日 成人の日 元は1月15日(この記事)
  3. 2月11日 建国記念の日
    2月11日は建国記念の日|建国記念日ではない理由と江藤小三郎自衛官の憂い
  4. 3月春分日 春分の日(年によって日にちが変わる)
  5. 4月29日 昭和の日 元々は昭和天皇の誕生日
  6. 5月3日 憲法記念日
  7. 5月4日 みどりの日
  8. 5月5日 こどもの日
  9. 7月 第3月曜日 うみの日
  10. 8月11日 山の日
  11. 9月第3月曜日 敬老の日
  12. 9月秋分日 秋分の日(年によって日にちは変わる)
  13. 10月第2月曜日 体育の日 元は10月10日
  14. 11月3日 文化の日
    11月3日は「文化の日」ではなく「明治の日」|GHQの圧力に勝った日本政府
  15. 11月23日 勤労感謝の日
    11月23日は「新嘗祭」を祝おう|収穫を感謝し来年の豊作を祈る日
  16. 12月23日 天皇誕生日
    12月23日は天皇誕生日|日本の象徴たる天皇の生誕を祝う日

*個別記事のあるものはリンクになっています。

国民の休日に「成人の日」が入れられた経緯

明治政府が明治3年に定めた「祝祭日法」では、宮廷中心の祝祭日が選ばれていました。しかし敗戦後の日本国憲法のもとで定める祝祭日は、国民が挙って祝い、楽しみ、感謝できるものでなければならないと、文化委員長を務めた山本有三氏が答弁しており、新憲法の国民主権の精神をより反映しようとした結果、「祝祭日」ではなく「国民の休日」となった経緯があります。

○副議長(松本治一郎君) 日程第一五五、祝祭日の改正に関する調査に関する件の委員長の報告を求めます。文化委員長山本勇造君。
〔山本勇造君登壇、拍手〕
○山本勇造君 只今議題となりました祝祭日改正の件に関し調査を終りましたので、委員会における調査の経過並びにその結果につきまして御報告をいたします。

中略

第一の新憲法の精神に則るという條項は、すべての基準の中で最も重く考えたものでございます。今までの祝祭日は、王政復古思想の盛んでありました明治六年に太政官で判定したものでありますから、宮廷中心の祝祭日であります。併しながら今日では新憲法が公布され、主権が國民に移りましたる以上、祝祭日も亦國民の祝祭日でなければなりません。国民が挙つて祝い、挙つて樂しみ、挙つて感謝する日でなければなりません。そういう日である以上、この日を單に祝祭日と呼ぶよりも、又、祭という字に問題もありまするし、それから祝祭という言葉もむずかし過ぎますし、発音もしにくいので、参議院の文化委員会としましては、これを國民の日と呼ぶことにいたしました。國民という字を用いましたのは、新憲法の精神をこれらの日の上にも、はつきりと写し出したいと思つたからであります。

後略

昭和23年7月4日 国会 本会議より

参議院会議録情報 第002回国会 本会議 第59号

成人の日を国民の休日とする意義

昭和23年7月4日の国会の文化委員会で「成人の日」を「国民の休日」に入れる必要性を訴えた山本有三氏の答弁を読めば、その意義をすんなり理解できます。

○副議長(松本治一郎君) 日程第一五五、祝祭日の改正に関する調査に関する件の委員長の報告を求めます。文化委員長山本勇造君。
〔山本勇造君登壇、拍手〕
○山本勇造君 只今議題となりました祝祭日改正の件に関し調査を終りましたので、委員会における調査の経過並びにその結果につきまして御報告をいたします。

中略

成人の日、成人という意味は、大人に成るということでございます。このたびの選定にあたりまして、子供の日、成人の日が入つておりますることは、特に次の時代の人々に強い希望をかけておるからでございます。

今、日本では食糧が足りない、物資が足りないと申しておりますが、むしろ一番欠けておりますものは人物でございます。國の建直しをやりますのには、人物を養うことが根本の要件であると信じます。それらは学校教育もございますが、社会教育に待つところも又必要と考えるのであります。そういう建前から子供の日を取上げたのでございますけれども、併し今日の子供は、大人になつたという自覚を持つけじめの日がございません。

昔は元服とか、裳着とか、へこ祝いとか、すつぺがしなどと申しまして、必ずしも武家とか、公卿とかいう階級だけでなしに、町人、百姓までも、こういう祝いを祝つたのであります。それが明治になりますと、断髪令が出ると共に、それがなくなりました。ところが、徴兵令ができましたために、敗戦前までは兵隊檢査ということが、一つの区切りになつておりました。

今日ではそれもなくなりましたのて、締りがつかない形になつております。これは非常に遺憾なことでありまするから、成人の日を設けたのでございます。これは、ただ元服の形式を採ろうとしたのではなくて、その精神を生かしまして、青年諸君が國家社会のために、進んでは世界人類のために盡そうとする自覚を持つて貰いたいというのが、その狙いでございます。

後略

昭和23年7月4日 国会 文化委員会より

参議院会議録情報 第002回国会 本会議 第59号

古来あった男子の元服の儀式や女子の髪上げは、現在でいう成人式の儀式でした。しかし山本有三氏の答弁にある通り、明治時代に入って断髪が行われるとその儀式は消えてしまいました。

その後一時的に徴兵制による兵隊検査がその儀式の代理になりますが、それも敗戦後はなくなり、日本の子供達は成人としての自覚を得る機会を失ったままだったのです。

古来日本における成人の儀式

古来の日本では、12歳から16歳の男子が「元服式・成年式」を、女子は「髪上げ・成女式」を行っていたと言われています。

その日取りはそれぞれの年齢に合わせるため、当然日にちの決まりはありません。しかし、「成人」となったことを祝うことはとても重要な儀式でした。

特に戦国時代の元服は、初陣とセットで行われるほど大きな儀式でした。例えば、武田信玄は16歳で元服すると同時に、幼名である勝千代から晴信となるなど、とても重要だったことが伺えます。

成人と認められる条件

現在の成人の要件は年齢のみですが、昔は違います。その能力があってこそ成人と認められるわけで、今よりも厳しいものでした。

その条件は階層や職種によって変わりますが、例えば、農村社会で男子が成年と認められるには、お米を4斗(60キロ)担げることや1日に1反(10アール)の田畑を耕せることなど、身体能力が問われました。女子の場合は、男子の7割の農作業ができることや1日2反の機織りができることが条件で、こちらもそれなりの能力を問われています。

もちろんこれらは農村社会においての話であり、職種が違えば他の条件が突きつけられます。20歳になるだけで成人と扱ってもらえる現代はある意味甘いと思う人もいるでしょう。しかしながら、能力がなくても成人扱いされる厳しさもあるわけで、一概に甘いとも言い切れません。

不良少年だった水戸黄門

徳川家康の孫として甘やかされて育ち、6歳には父の徳川家光に後継と決められ、9歳で元服した水戸光圀、いわゆる水戸黄門が成人の自覚をしたのは18歳で、きっかけは、中国の書物「史記」に登場する伯夷(はくい)と叔斉(しゅくせい)兄弟の逸話を読んだことでした。

ところが、生保二(1654年)、十八歳になった光圀は、それまで見向きもしなかった書物に目を向け、とくに司馬遷の「史記」を読んで驚いた。そのなかに、中国古代(殷末・周初)の伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)兄弟の伝記がある。

それによれば、兄弟の父(狐竹君)は三男の叔斉に家を継がせようと思いながら亡くなった。しかし叔斉は長男の伯夷をさしおいて継ぐことをためらって長兄に譲ろうとし、伯夷も父の遺志に背くわけにいかないと固辞して家を出てしまった、そして、次男に家を託して、叔斉も伯夷のあとを追ったという。

所功氏著書「国民の祝日」の由来がわかる小辞典 P244より

今まで好き放題していた自身を省みて恥じた光圀は、自分の兄への思いやりも持つようになり、兄の子を養子にとって自分の後の第三代藩主にしようとしたり、様々な本を読んで努力をしました。その結果、現代の私たちに伝わるほどの名君となったのです。

成人とは、それを自覚し、それに伴う責任を背負って自ら歩き出してから、漸くなれるものではないかと訴えるお話です。

成人とみなす年齢

古来日本での成人認定はほぼ15歳くらいでした。しかし「成人の日」の条件は20歳となりました。その議事録です。

○小川委員長 これより会議を開きます。
國民の祝日案として大体の大綱ができ上り、昨日有識者より意見を聽取しました結果、さらに委員会を開く必要を認めましたので、これより審議を進めたいと思います。

中略

○佐々木(盛)委員 たとえば「成人の日」は満十五才に達したときとか、あるいは満二十才に達したときということを説明する必要があると考えます。殊に從來なかつた祝日については、十分國民に納得のいくようになすべきであります。
○小川委員長 大体満十八才にしてはいかがと思いますが。
○受田委員 参議院では、元服の年といわれたことがありますが、歳士道という考えと誤解されるから、よく考慮していただきたい。
○原田委員 委員長の言われる満十八才という根拠はどこに置かれているのですか。
○武藤專門調査員 民法では満二十才に達たときを成年といい、結婚は女子は十六才、男子は十八才になつたとき許されるのです。兒童福祉法では満十八才に達するまでを兒童としております。
○森山委員 生理的にきめることは困難でありますから、何才とむずかしく限定しない方がよくはないでしようか。九州の南端と北海道では成年になる日が非常に違います。
○川越委員 昔の元服は何才でしようか。
○小川委員長 満十五才です。案文中の「成人の日」に年齢を入れるか入れないかということは、委員長理事に一任願いたいと思いますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○小川委員長 そのようにいたしまして、次に案文起草のため、ただいまより懇談会に入ります。

後略

昭和23年6月22日 国会 文化委員会より

衆議院会議録情報 第002回国会 文化委員会 第14号

結局、年齢を入れる入れないかは委員長に一任され、「成人の日」とは20歳に達したときと定められました。しかし平成30年6月13日に民法における成人年齢の引き下げの法改正が行われ、法律の施行される2022年4月1日以降の「成人」とは、18歳の誕生日を迎えた者となります。

成人年齢は20歳から18歳へ

成人年齢が18歳へと引き下げられることに伴い、様々な法律において、一部変更や削除などが行われることになっています。ここで生活の変化を伴う大きなポイントを簡単に挙げておきます。

一人で契約ができるようになる

現在は20歳まで一人でできないこと、例えば、携帯電話の購入やクレジットカードの契約、さらにローン契約なども、18歳から一人でできるようになります。

親権に服さなくなる意味

現在20歳未満ではできない契約でも法定代理人である親の許可があればできる場合がほとんどです。しかし成人年齢が引き下げられると同時に、親権に服さないことにもなり、デメリットもあります。

一番大きな変化は「未成年者の契約取り消し」が適用されなくなることです。18歳となり、自分の意志で締結した契約は自分で守らなくてはなりません。もう誰も守ってくれないのです。高額な商品の購入や詐欺に引っかからないように気をつけましょう。

男女の婚姻年齢は18歳に

現在の民法における婚姻適齢は、男性が18歳、女性が16歳となっていますが、この年齢差がなくなり、男女ともに18歳となります。

男女の心身の発達差があるために、男女の年齢差があったとされていますが、現在の状況を鑑みるにその差はないと判断したということです。

お酒、たばこ、ギャンブルは20歳から

成人年齢引き下げに伴って、ひょっとすると一番期待された変化かもしれないのが、お酒やたばこ、ギャンブルについてでしょう。

しかしながら、お酒もたばこも健康被害を生みますし、競馬や競艇などのギャンブルも依存症の危険があります。そのため、今まで通り20歳からしかできません。

18歳から政治に参加できるようになる

現在は20歳になるまで選挙に行けませんが、18歳から政治参加できるようになります。あくまでも主観ですが、自分が住んでいる国の一員であることを意識させるために、日常的に国の政治について話す機会を増やすなど、家庭での啓蒙も大切だと思います。

法律の施行は2022年4月1日から

成人年齢の引き下げは決まっていますが、実際に法律が施行されるまでまだ時間があります。しかし、消費者トラブルの増加が懸念されるなど、対策が必要なため、周知徹底までの期間が大きく取られています。

国は相談窓口を設けたり、小中高の学校教育において「契約」や「消費者の権利、義務」などについて啓蒙することに力を入れていますが、その効果がどれほどでるかはまだ未知数です。

とは言え、契約することの重要性などは学校教育に頼らず、親がしっかり教えることも大切です。我が子が契約トラブルに巻き込まれたりしないように、小さなころから「お小遣い帳」をつけさせたり、「お金」について学ばせるようにすることが肝要です。

成人式の由来

巷では、埼玉県蕨市の行った「青年式」に触発されたことが「成人の日」制定のきっかけとなったと言われています。

しかし私の調べた範囲での「成人の日」制定についての国会の議事録には、埼玉県の「青年式」に触れるくだりはなく、「成人の自覚を持つことの重要性」を訴えるものでした。

加えて、成人の年齢は場所によってバラバラだという意の答弁(「九州の南端と北海道では成年になる日が非常に違います。」森山委員)もあり、既に全国各地で「成人」を自由にお祝いをしていたことが伺えるため、「成人の日」制定と「成人式」の由来は別に考えるべきだと私は思います。

故に「成人式」の由来は、行政によって成人を励まし、お祝いした埼玉県蕨市(わらびし)で行われた「青年祭」だったと考えれば良いでしょう。

民法改正後の蕨市での成年式の対応について

前略

蕨市の成年式は、終戦の翌年である昭和21年に、日本中が敗戦による虚脱状態にある中で、「次代を担う青年達を、まちをあげて激励しよう」と開催されたもので、それが全国に広がり、2年後の昭和23年、国民の祝日に関する法律で「成人の日」が制定され、国民的な行事として定着しました。蕨市では、それ以来、先人達の思いを受け継ぎ、72年にわたり、20歳を
対象に「成年式」として開催してきたものであり、単に法律上の成人をお祝いするだけの行事ではありませんでした。

後略

平成30年11月22日 蕨市長 頼 高 英 雄

民法改正後の蕨市での成年式の対応について - 蕨市公式ホームページ
蕨市のホームページです。

参考文献

この記事を書くにあたり参考にした文献です。

最後にひとこと

「成人になったからあれができる、これができる」だけですまないのが大人というものです。しかしその自覚を持って責任も背負って、しっかり人生を歩んでいきましょう。

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